ピンバッジ(ピンバッチ・ピンズ)の「歴史・呼び名・魅力」について

ピンバッジ(ピンバッチ)とは、いわゆる、バッチ(バッジ)、徽章、社章等のことで、それを身につけることで、その人の「所属先、資格、職位、階級、功績」等を表す、一種の標章として用いられていました。欧米では、LapelPins、Pin badge 又はPinsと呼ばれ、アクセサリーとしても親しまれていました。

ピンバッジトレード

ピンバッジの人気が高まり、コレクションとして収集したり、交換(トレード)しあったりして楽しむ事が始まったのは、オリンピックにおいて、参加各国の選手や関係者が友好の為にピンバッジを交換し合った事が始まりとされています。そしてそれが、世界的なブームとなっていく起点となったのは、「商業五輪」の始まりとなった1984年ロサンゼルスオリンピックでした。日本では、1998年長野オリンピックの時に、世界各国からピンコレクターが集い、街中でテーブルを広げピンバッジトレードをした事から、ピンバッジが大人気となり、人々を魅了しました。予定外のピンバッジ人気にメーカーは製造が間に合わず、品薄からピンバッジの市場価格は高騰し、希少なものは一個数万円万円もの驚きの価格で売買されたものもありました。当時はその大フィーバーぶりが、テレビや新聞などで全国的に報じられたものです。この頃から、日本でもピンバッジは認知度を上げ、観光土産や販売促進、各種キャンペーンのグッズとして広く一般に使われるようになってきました。

また、2002年FIFAワールドカップサッカー日韓大会や2005年愛知万博において、大会オフィシャルグッズとして、数多くのピンバッジがリリースされ、大会スポンサー各社によりピンバッジを使ったプロモーションが展開された事により、更に多くのピンバッジファンを生み、ピンバッジへの感心は益々高まりました。

ピンバッジ留め具

一般的には裏の留め具(アタッチメント)がとがった針とクラッチバックのものがピンバッジと呼ばれています。ピンバッジは以前、日本国内において大量に生産されていましたが、七宝焼きなどのピンバッジの製造は手間のかかる仕事で、人件費が製造コストの多くを占める為、価格競争力の問題(人件費)により台湾で生産されるようになりました。そして、台湾の経済成長に伴い台湾での人件費が高騰し、今は、中国へと生産地を変えていきました。

ピンバッジの呼び名ピンバッジの呼び名、書き方はさまざまにあり、「ピンバッジ」「ピンバッチ」、「ピンズ」、中には「ピンバッヂ」や単に「ピン」「バッジ」「バッチ」という呼び方、書き方がありますがいずれも同義語です。60~80歳代の方々に伺うと日本で古くからの一般的な呼び名としては「バッチ」が最もポピュラーな呼び名のようです。「ピンズ」という呼び名を高めたのは、オリンピックスポンサーのコカ・コーラ社がロサンゼルスオリンピック以降、開催地において期間中ピンズ・トレードセンターを設け、ピンバッジを販売する際に「PINS」と商品名を現した事がきっかけだったようです。米国のオリンピックピンコレクターはピンズと呼ぶ人が多いようです。lapel pin ・Pinbadge とも言います。日本では一般的に「ピンバッジ」の呼び名が普及しています。ピンバッジ、ピンズ、ピン等いろいろな呼ばれ方をしますが、いずれも間違いではありません。無理に、定義づけする必要はないでしょう。

身近なアクセサリーとして、また思い出のコレクターズアイテムとして、さまざまな楽しみ方で世界の人々に親しまれてきたピンバッジ、これからも新化を遂げながら多くの人々を魅了しつづける事でしょう。

 ◆オリンピックマークは、許可なく使用することはできません。
 ※参考コンテンツ「知的財産権の保護